ひよっこの気持ち

ひよっこの日々雑感-心機一転編

けれど生きている

かぐや姫の大好きな歌です。

ちょっと深刻な問題に直面し、正直参っています。

要は考えようかとは思うけど、中々割り切れず弱っています。

人間万事塞翁が馬」「禍福はあざなえる縄のごとし」「人生楽ありゃ苦もあるさ」呪文のように唱えている。

悩みの続きの続き

悩みの続きの続き

1週間後再診。

先生に、「何年かぶりに食べ物の味がわかりました」と喜びの言葉を伝えると、
「それは良かった」と笑ってた。この日も、前回と同じ手術をやった。

「またやんの?また金かかる」心の声です。

次は2週後の予定。

実は2回目の診察の時から、何か後退したような感じがしていた。
1回目に味わった喜びは日に日に薄れていった。

行くたびに、匂いが感じられないと伝えるが、アリナミンテストの結果で、匂いを感じていると出るので、よく伝わらない感じだ。

大体、2週間に1回行ってたが薬の補充に行ってるみたいになってきた。

まー、1日2回でOKの点鼻薬は、使わずとも手元に置いておきたいところだ。

4月の頭ごろ、1ヶ月分の薬を出された。

その薬も切れたが、通院を止めている。もう行かないと決めた訳ではないが、
遅々としてして改善されない嗅覚障害みたいな症状がわかってもらえてないと
感じているから。

ネットで「嗅覚障害」で検索しQ&Aサイトでのトピックを見ると、同じ、いや
もっと重い症状の人がいて、これといった改善例は見当たらなかった。

何か簡単に治りそうもないかも?
ただ、1回目の治療で久しぶりに食べ物の匂いを実感できたのも事実。

嗅覚障害はあきらめて、鼻づまり治療の為通院しようか?
病院を替えようか迷っている。

病院から処方された薬は、とうになくなっている。
鼻がつまる時もあるが、耐えられないほどではなくいつの間にか通ったりしている。

そして今、市販の漢方薬を飲んでいる。
まず1ヶ月試すつもりだ。

Q&Aサイトで見かけた「葛根湯加川芎辛夷」(かっこんとうかせんきゅうしんい)にひそかに期待している。

 

 

 

悩みの続き

悩みの続き

病院を替えての初診。
いろいろ検査をやった。花粉症の時期の前だが、予防の為か多数の患者。
アレルギー検査では、杉、ダニと出た。初めてのアレルギー検査だった。

あとアリナミン検査と呼ばれる匂いを感じることが出来るか、の検査。

注射を打つと、にんにくみたいな匂いがしてきた。

感じ始めと終わりを申告するのだが、終わりがよくわからず適当に申告。
レントゲンも取った。

いよいよ診察。匂いに関してはあまり説明がなく、アレルギー鼻炎の治療で鼻づまりの改善が主のようだ。
個性的なドクターによると、鼻腔を広げればOKらしく「トリクロール酢酸による下甲介粘膜焼灼術」なるものを施すようだ。


もう少し詳しく書くと、トリクロール酢酸のタンパク変性作用で、塗布した場所の粘膜を変性・脱落させアレルギー反応を起こしにくくし、鼻の粘膜を縮小させ、鼻づまりを改善する手術。料金は、3割負担で3,000円。


麻酔を染み込ませた脱脂綿を両鼻に詰めること15分。
その後、そのトリクロール酢酸を染み込ませた脱脂綿をグリグリ挿入。結構なチカラで奥に押し込むので、少し涙目になる。時間にして、両方で30秒くらいだろうか?

1週間後再診とのことで、点鼻薬、飲み薬をもらって終了。
全部で8,000円以上かかった。検査が多いと金がかかる。

かなり期待して帰宅し、夜の食事の時、何か違う。匂いがする。
強く感じたわけはないが、料理の味がわかる。
何年ぶりだろうか?

このまま通院すれば、完全に匂いを取り戻せる、やっと味気ない食事とサヨナラできると大喜び。
次の日のラーメンだかそばがとてもおいしかったのを憶えている。

またまた続く

 

 

 

 

 

悩み

悩み

悩みがあります。
それは、匂いがよくわからないことです。
ラーメン好きなんですが、残念ながらその味が伝わらない。

いつからか不明ですが、10年近いかも知れない。

ある日突然、鼻がつまるようになった。あまりのひどさに、市販の点鼻薬を使用。
あまりの即効性に感激し、手放せなくなる。

1日6回までとなってたが、最大回使用。
就寝中、鼻がつまり呼吸が苦しくなり起きて使用したことも何回もある。

ずっと使い続けることに不安はあったが、止める選択肢は当時ゼロ。
耳鼻科に行ったら?というのが普通だと思うが、なぜかそういう気もなかった。

そして、匂いを取り戻したく約1年前ネットで探した耳鼻科へ。
症状を話したが、ドクターの、簡単に良くなるような話しっぷりに安心したのを
憶えている。

点鼻薬と飲み薬だったと思う。点鼻薬の効き目には感激。1日朝夜の2回の使用で、
1日大丈夫。もっと早く来ていれば、と激しく後悔。


匂いに関しては。匂いのサンプルを嗅いで確認。
バニラエッセンスみたいな甘系と柑橘系の2種類を嗅いだが、それはわかった。

神経は大丈夫なので、鼻腔がもっと広がれば大丈夫ですよ、との言葉にまた安心。
通うこと半年間。全く状況は変わらず。
ただ投薬し、状況を見ているだけ。1回位薬を代えたが同じ。

だんだん懐疑的になる。

病院を替えてみよう、と思ったのが今年2月。
昔から有名な耳鼻科の一つ。

最初にここに行かなかったのは、「嗅覚障害」で検索した時にヒットしたのが、
最初に診てもらった病院だったからである。

続く

 

健康食品

サプリメント

 

サプリメント飲んでます?

青汁とかも入れれば、ものすごい種類のサプリメントがありますね。

僕がはじめて青汁を飲んだのは、20年以上前でしょうか?
元祖キューサイの青汁です。「まず~い、もう一杯」ってやつですね。

あれは効きました。
当時から晩酌習慣があり、家で居酒屋メニューばかりリクエストしてました。

今ほど食物繊維という単語も聞かれなかった時代です。


そこで青汁という食物繊維を体内に入れた訳ですが、テキメンでしたね。
食物繊維の威力を知った瞬間でした。

毎晩酒を飲んでると、便がゆるいのが当たり前でしたが、青汁を飲んだ翌日、
以前はそうだったが、すっかり忘れてたいい硬さの便が出て感激した訳です。

今はいろんな青汁が出てますが、たぶんどれも良いのだろうと思う。
食物繊維+何かの付加価値、このパターンですね(乳酸菌だったり)。

毎日の食事から栄養を摂る、のが基本。

朝起きた時、疲れが全然とれてない時が長くあって、試してみたのが「オルニチン」。

継続してはじめて効果を実感できると発売元は言うが、それは全く同感である。

結果を急いではダメだと思っていたが、この「オルニチン」は翌朝実感できた。

基本よく寝られている。
もちろん、夜中目が覚めたりとかはあるが、気にはしない。

どっかで寝られるから。

体はちゃんと帳尻を合わせようとしてくれる。

 

 

GW

GW

いや~、GW最終日ですね。

皆さん、次はお盆休みを心待ちに仕事されるんでしょうか?

どこかに出かけた方は、お疲れだと思いますが、家族一緒に出かけられるのは
幸せなことですね。

僕は3人の息子がとうに成人して離れて暮らしてますので、そういうのはなくなりましたが、
家族そろって出かけられたのは、幸せだったと思います。

人によっては大型連休ですが、全く無縁で仕事している方もたくさんいますね。
どうなんでしょう?割合としては、そういう人たちの方が多いのでは?

いろんな事情で、GWでもどこにも行けない子供もたくさんいるでしょう。

我が楽天イーグルスは現在パ・リーグ首位で、このGWもホームの観客動員の記録を連日更新してました。
しかし、まだまだ先が長いシーズン、浮かれている訳にはいきません。
特に夏場に成績が落ちるチームなので、今の成績でも安心はできないのです。

僕は、チームとしては地元のチームを応援してますが、個々のプレーヤーとしては、
他チームでも気になる選手はたくさんいます。東北に関係した選手はやはり応援したくなります。

西武の秋山選手は、東北の大学出身ですが、彼も母子家庭だったことから、同じ
境遇の子供を定期的に招待してますね。

楽天の今江選手も被災地をずっと支援してくれてます。

プロ野球だけではなく、多くのスポーツ選手が支えてくれています。

そんな彼らを心から尊敬しますし、チーム関係なく応援しますね。

お金があるからとかじゃなく、やる人はお金がなくても、出来る事をやります。

そういう点では、大反省です。
お金を稼いだら、あそことあそことあそこに寄付しようとし思ってるが、
こんな人間はしないんですね。

秋山選手とか今江選手を見習います。、

朝ドラ

朝ドラ

NHK朝ドラ「ひよっこ」を見ています。毎日は無理だけど。

東京オリンピック(1964年)~10年間が舞台。

戦後の高度経済成長期のはじめの頃だろうか?

1959年生まれのひよっこにとって、昭和の匂いしかしないこのドラマ、嫌いな理由はどこにもない。
知らないだけで、自分と同じ世代でも集団就職はあっただろう。
当時そういう人の気持ちに思いをはせることなどなかった。

僕は当時を、貧しい時代と決めつけていたようだが、それは間違っていた。

今でも、小学生の頃の冬の夕方の風景をありありと憶えている。
寒々しい情景だが、涙が出るほど懐かしい。

貧しい家だと思っていたが、中身は別にして、ご飯が食べられないことなど
一度もなかったし、裕福ではないなか私立大学にも進学させてくれた。
このブログを書きながらも涙目になっている。
18歳で進学してから、ずっと他県での暮らしだ、

今も生まれ故郷を離れて暮らしているが、生まれ故郷が根っこになっているのは
間違いないようだ。
でも、そう実感したのは比較的最近ではないか?

一体自分は何になりたくて、何をしたかったのか?
何も考えないで生きてきた気がする。

サラリーマン根性なのだろうか?
60歳以降は、おまけ、付属の人生だと思っていた。
ホント、小さい人間だ。60歳、70歳から新しい事を始める人はたくさんいる。

小さな考えを捨て、大きな気持ちで考えられる人間を目指す。
目指すったら目指す!

 

話しは変わるが、当時の食べ物で、何としても食べたい物がある。

それは「日水ラーメン」。
自分にとって、インスタントラーメンは、チキンラーメンではなく「日水ラーメン」なのである。

その後、チャルメラサッポロ一番など名品がたくさん世に出たが、「日水ラーメン」に優るものではない。

おそらく、東北地方での販売だったようだ。
廃番になって幾久しいが、死ぬ前に食べたい食べ物の一つだ(それも上位)。

ニッスイさん、頼みますわ!

また発売してください。